消防団がパトカーを救出したのだが…

盛り上がる災害談義

追伸……

 台風17号の復旧作業に取り掛かったばかりだというのに、台風19号がやって来た。しかも、第2・第4土曜日の閉庁日を狙うかのように、2つの台風はやって来た。

 前回の台風17号は147㎜/hという記録的な集中豪雨で次々と橋が陥落し、至るところで道路が寸断されたが、今回の19号は猛烈な暴風で多くの世帯で屋根瓦が飛び、個人家屋の被害が大きかった。下水道管理センターには前回の台風で持ち込まれた瓦礫が強風に飛ばされ、風にあおられた畳が施設の窓を突き破って飛び込み、4人の職員が重軽傷(ガラスで、何十針も縫ったそうだ)を負ってしまった。

 そのころ私は、消防団で(曼荼羅町の広報マンは、毘沙門町に住んでいて、毘沙門町消防団の団員もしていた)行政区の警戒に当たっていました。台風の目に入ると暴風が急に止み、2人1組で水路などを点検。目が通り過ぎると逆向きの暴風に変わります。激しい風雨が団服を叩き付け、痛いほど。「退避ーっ」班長の指示で逃げるように公民館に戻ると、近隣の住宅の屋根瓦が、ポ・ポポンと音を立て飛ばされているのが見えます。ちょうど、工事(防水・防塵)用カメラ「FUJI HD-R」を持っています。「写真を撮ろう」と外に出ようとすると「今、外に出たら死ぬぞ」と班長からのお叱り。せっかくカメラを持ってきたのに……(ありがちな、広報馬鹿)

「こりゃあ凄いなあ、風」「被害のたいそ(たくさん)出るバイ」公民館に駆け付けた区長や自警団(消防団OB)のみんなは窓から見える風景を肴に酒を飲んでいます。もちろん、消防団員も一緒に飲んでいます。自警団のおじさんが「いやいや、昭和〇年の台風は、こんなもんじゃなかった。あのときは……」「いやいや昭和△年のかぜ台風は……」と、台風談義に花を咲かせています。それはそれで不思議な風景。妙な盛り上がりです。

 風も弱まり瓦が飛ばなくなり、公民館の近くの毘沙門町消防団第1分団の詰め所に顔を出しました。雨戸をしているにもかかわらず窓ガラスが割れています。どうやら瓦の直撃を受けたようです。幸いにもけが人はなく、輪になって酒を飲んでいます。「おう楽ちゃん、写真ば撮って曼荼羅町の広報に載せちゃり」酔った同級生が大声でわめいています。載せられる風景ではありません。「あんたたちも、たいへんやねェ」と言いながら酒をもらい(言っときますが、消防団はいつも酒を飲んでいるわけではありません)「昭和□年の台風のときは……」とこちらも台風談義の最中で、盛り上がっていました。

 懐中電灯を片手に2人1組で川沿いの道路を点検していると、こちらの方にパトカーがやってきます。「あれ、パトカーが来よる…」とつぶやいた途端、パトカーはぐらりと傾き川に落ちてしまうではありませんか?えっ、うそっ「パトカーが川に落ちたぞー」大声で叫び近くまで走っていくとパトカーが流されています。警察官の必死な形相が見えます。「だいじょうぶかーっ」(決して大丈夫な状況ではないが、そう言うのが礼儀)と叫びます。警察官は流れるパトカーの窓を開け「うわ、うわーっ」と何かを訴えています。

 一緒にいた団員が、さっきまで飲んでいた第1分団の団員を引き連れやってきました。「おーい、みんな来てくれー」(私は一般団員だが、この時は現場に一番に駆け付けたので大将である)「ロープば持ってこい」(この時は、大将である)警官は「こっ、これを頼む」と言って。流れる車の中から書類を投げ渡します。「まかせとけいっ」(この時は、大将である)風台風で雨量が少なかったことが幸いし、川の水量があまり多くなく、パトカーは川底に引っ掛かり、すぐに止まりました。さすがの警察官も腰を抜かし、動けなくなっていましたが、ロープで引き揚げ、無事救出。

 よかった、よかったと一段落ついたところで「オレ、カメラを持っている。こんな場面、滅多にお目にかかれない。写真を毘沙門町の広報担当…いや、新聞社に提供したら喜ぶだろうなァ」という想いが…。広報マンの業がそうさせるのでしょうか、写真を撮りはじめました。「驚きの表情で、震えながら川に落ちたパトカーを見下ろす警察官」「果敢にも人命救助をする、誇らしげな消防団員の表情」頭の中で、次々とカメラアングルの指示が飛び交います。パチリ、パチリ、「あっ、いいっ」撮れた時の快感がアドレナリンとなって身体の中を駆け抜けます。

 近所の自動車整備工場の迅速な対応で、パトカーを川から引き上げ、一段落ついた頃、警察署からたくさんの警察官がやってきました。第一発見者として事故の状況を説明し(途中から写真撮影に興じていたうしろめたさから「いやー、激しい風雨で前がよく見えなかったんでしょう」と説明)住所、氏名、電話番号を聞かれるままに答え「こりゃ、表彰ものだね」などと考えていました。もちろん頭の中で「消防団お手柄、警察官を救助」というタイトルさえ考えています。

 騒動も落ち着き行政区内の世帯を回り、被害状況を確認して公民館に戻ると、分団長が来ていました。「ちょっと、泰平クンこっちに来て」「いやぁ、イイ写真が撮れましたよ」「実はその件だけど、警察署から交通課長が来てねェ」「はあっ(確かにそうなるだろうとは感じていたのだが…)」「あの写真、表に出さないでほしいと頼まれてなぁ」「はあっ」「やはり警察と消防は一心同体、協力関係が大事なんだ、泰平も消防団員だから分るよな」まあ分団長が直々に頼むんだったら、言うことを聞かざるを得ない。消防団とはそういう組織。ちなみに分団長、以前このお手紙に登場した「チャー坊」の一番上のお兄さんである。田舎は世間が狭いぜ。てなわけで、お便りの追伸でした。

ロバート・デ・タイヘイ(1991年9月30日) (平成3年10月号(お手紙)に続く)

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