サルと闘う、包丁片手に暴れる力自慢の住民

 以来、半径5㎞範囲内でサルに襲われ、大けがをする人が続出。テレビにラジオ、新聞、雑誌の取材、そして連日の泊まり込みに担当の村吉君と口山係長は疲れ切っていました。特に村吉君は目の下にクマができ、気の毒で声もかけにくい状態。ちなみに吉次課長は赤ら顔で血色もよく、職員の間で「ボスザルのようだ」と陰口をたたかれながらも、元気にテレビ取材に応じていました。さてこのサル、またまた糸長小学校に出没。深夜2時ごろ専門家の中田氏とサルが格闘するという事案も発生。もちろん中田氏は素手。あと少しのところで取り逃がしてしまい「中田さんでも無理」と、さらに住民の不安は高まります。

 被害者はすでに10人を超えました。県や国からは「殺しても止む無し」と殺害命令に近い支持が出ています。しかし、これだけマスコミに取り上げられれば「カワイソー」などど無責任に主張する人が必ず出ます。もちろん動物愛護団体の反応も怖い。

 そんなある日の事、玄関の引き戸をガタガタさせるサルを発見した藤月氏。彼は暴力団関係者のような風貌と態度で、初対面では誰もがビビってしまう力自慢の無法者です。(ここから藤月氏談)「こ、こんちくしょう」台所から持ち出した包丁を握りしめ、20mほどの距離でサルと対峙します。「来るなら来てみろ!」サルに向かって雄叫びを上げる藤月氏であったが威嚇は通じず、サルは藤月氏に襲い掛かかり、ガブリと足に咬みついてきたのでした。藤月氏はひるみながらもサルの首根っこを押さえ、包丁でブスリ。しかしサルは冬毛で武器は文化包丁だったため、深手を負わせることができませんでした。

 藤月氏は腕にも咬みつかれ28針の大けが…しかも感染症にかかり、入院するはめになり、そしてサルは「手負いサル」になったのです。マスコミにとっては美味しいネタです。「よくやった」と称賛する無責任なマスコミも多く、単純に面白がっています。しかし、手負いザルはさらに狂暴になる可能性が高く、関係者からは「余計なことをしてくれた」という声ばかりしか上がりません。ここで広報担当者としては、年内の捕獲は無理であろうと判断し、これ以上被害者が出ないように「サルにご用心」の記事を校正段階で入稿し、市民に注意を呼び掛けたのです。

コケる楠木…「棒でつついて」とNHKカメラマン

 心配をよそに、それ以降サルが人を襲うことはなくなりました。しかし「サルを見た」という人はたくさんいます。安全宣言をしてもいいんじゃないかとの声も出始めたとき、またまた糸長小学校にサルが出没。木に登って小学生を威嚇するという事案が頻発します。専門家の中田氏の再登板です。中田氏の指示で担当職員数名が小学校に泊まり込みました。体育館には人が入れるほどの大きな箱と箱罠が持ち込まれ、サルを誘い込むべく少しだけ体育館の扉が開けられます。そうです、一晩中、職員が隠れてサルが体育館に侵入するのを待ち、閉じ込め、箱罠に追い込もうという作戦です。

 作戦を開始して数日後の夜10時過ぎ、ついにサルが体育館に入ってきました。箱に隠れていた職員が体育館のドアを閉めます。サルの囲い込み成功です。さあ、これからが大捕り物。口山係長はホームビデオを構え、体育館の中を縦横無尽に走ります。このビデオ、NHKはもちろん民放各社に提供されるものです。逃げるサルを追いかけ、職員の楠木君はもんどりうって転がります。そしてついに生け捕りに成功したのです。夜も更けてきたというのに続々とマスコミが集まってきます。檻に入れられたサルは急におとなしくなり、ちょこんと座ってずっとうつむいています。

 マスコミの連中は、檻の中で激しく暴れるサルを想像していたようで、シュンとなって下を向くサルの「これじゃ絵にならん」を連呼。時々、サルが思い出したようにミカンを食べ始めるとパパパッとフラッシュが光ります。しかし、NHKのカメラマンはミカンを食べるサルの映像では物足りないらしく「このままじゃ、人間がサルを虐待しているようだ。絵になんないよ。誰か棒でサルをつついて怒らせてくれませんか」と言い出す始末。本当の虐待です。その日、農林土木課の担当者など関係者は、体育館の中の檻の前に宴席を設け、やっと正月が迎えられるとお祝いをしたそうです。

 あせったのは私。すでに「サルにご用心」の記事を入れている。そのサルは檻の前でシュンと下を向いている。解決した後に出る記事はマヌケである。翌日の早朝、印刷所に連絡し、差し替えの記事と写真をぎりぎりセーフで入稿。すでに色校も終わり、印刷直前の状況になっており、印刷所の担当者のキツイ嫌味がとても痛く感じました。

(平成6年1月号(四)に続く)

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