拡大する被害、地元住民は恐怖におののく…

 事件は夜に発生しました。市内の原飯地区に住む女性が帰宅途中、家の前で突然サルに襲われて大けが、またその1時間後に同地区に住む、市社会教育指導員の南さんが自宅でテレビを観ていてサルに襲われました。南さんは軽傷でしたが、マスコミの取材に何度もシャツをめくり、背中の傷をテレビカメラの前にさらしていました。このニュース、全国はもちろんアメリカでも放送されたらしく、地元出身のアメリカ在住者からもお見舞いの電話がありました。さらに調べると、その数日前にも小学生がサルに襲われており、行政としての対応が必要になってきました。担当は農林土木課、そして釈迦警察署です。

 農林土木課の有害鳥獣担当は村吉ジーコ君。この村吉君、広報12月号「禁漁区について」で誤った記事を出し、発行後に猟友会や記者クラブから激しいクレームを受けました。広報やマスコミの恐ろしさを体感し、マスコミに近づきたくないと思っていた彼のところに、マスコミがどっと押し寄せてきたのです。通常、サルにちょっかいを出したりしなければ、襲われることはありません。しかし、今回は背後からいきなり人を襲ったのです。南さんの場合は、わざわざ家の中に入り、ふすまを開けて(専門家によれば、サルにふすまを開ける知恵はないとのこと)飛びかかってきたのです。これは異常な行動なのです。

 その後も被害は続出します。バス停で後ろからサルに足を咬まれ、反撃しようとしたところをさらに咬まれて20針以上の大けがをした人が出るなど、サルは楽しみながら人を襲っているかのようでした。もちろん地元はパニック。小学校の登下校には”サルたたき棒”を持った保護者が付き添い、農作業をする人も石や棒を近くにおいて仕事をしていました。中には「殺してしまえ」という人もいましたが猟友会が嫌がりました。サルを撃ち殺すと“6代たたられる”との言い伝えがあり、サルを撃ち殺した人の孫が「全身毛だらけでサルそっくりで生まれてきた」などまことしやかな噂も飛び交ったのです。

私なら素手でサルを捕まえられる~救世主登場

 12月のこの時期、普通なら新聞記者たちは議会の行方などについて取材するものです。しかし、何よりもサル。サル以外の情報には目もくれません。さて、結局サルは生け捕りにすることになりました。生け捕りにするといっても有効な手段がありません。闇雲に罠を仕掛けるというわけにもいきません。そこに、救世主:中田氏が登場します。以前、モンキーセンターで働き、動物園ではサルの面倒を見ていたという専門家。この心強い人物がボランティアとしてサルの捕獲作戦に加わったのです。まず、地元住民を公民館に集め、サルについての知識と襲われないための心得の講演をしたのです。

  • 道でサルに出会ったら~長い棒を持て、石を投げつけろ
  • サルに咬みつかれたら~すぐに病院に行こう、狂犬病になる恐れがある
  • サルの仕返しについて~サルは頭がよくないので、仕返しはしない

 メモを取る地域住民、質問も次から次に出ます。話の中で、救世主:中田氏は「私なら、どんな凶暴なサルでも素手で捕まえることができましゅ(入れ歯なので、語尾に空気が漏れる)」と豪語。地元の人たちは瞳をキラキラと輝かせ、頼もしそうに中田氏を見つめています。私は、ここぞとバチバチとカメラのシャッターを切ります。そのとき、防災無線の放送が…「…ま、サルが、長…学校…館で出没…おります」よく聞き取れませんが、サルが出たようです。すぐに電話がかかり、糸長小学校の体育館にサルが出たとの連絡です。

 地元住民の熱視線が中田氏に注がれます。「よ、よし、ワシが行く」やおら立ち上がる中田氏。拍手に送られ小学校へ…私も数台のテレビカメラと一緒に追いかけます。ここまでくると生け捕りを期待し、その瞬間をフィルムに収めたいと思うのは広報マンの業。「今日はデートもないし…」小学校に着くと駐在所のおまわりさんがサルたたき棒を片手に来ています。柔道の有段者とはいえサルはおっかないらしく、茂みを棒でつつきながら「人間なら何とかなるけど、サルはなァ」とぼやいています。パトカーも来ました。警官は腰に下げた銃に手を当てています。(襲ってきたら打つつもりか…?)

 体育館の周囲には大量のサルのうんこがありましたが、サルは見当たりません。「いないな、どうも逃げたようだ」と中田氏。「すまんが、サルを捕まえるまで誰か泊めてくれんか」とさらに中田氏。以来、中田氏はサルが捕まるまでの長期間、地元住民の家を転々と泊まり続けることになった。

(平成6年1月号(参)に続く)

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