広報づくりは人との出会いです―広報に入れ込んだ不純な動機

 広報マンになって5回目の「明けましておめでとう」を迎えてしまいました。今回のテーマは広報担当者の主張。しかし、5年間も広報紙を作っていますが主張できるほどの者じゃありません。まあ、歌って踊れとでも言われりゃあ、そりゃあやりますけど……。

 だいたい私はぐうたら者で、飲む打つ買うの3拍子揃った立派な人格。自己顕示欲が強いわりに対人恐怖症気味だったりもする。そこで今回は、なぜ広報紙づくりに入れ込んでしまったか、その動機を説明しましょう、

 さてマスコミなどの情報によると、若いヤツらが希望する人気の職種、つまり「人気3K」は、企画と国際化、そして広報だとか。しかし実際、市町村で「広報したい」なんていう馬鹿……いや、若者はあまりいません。

 もちろん私もその一人だったのです。この仕事を希望したり、また色目を使ったことなど、ただの一度もなかったのです。

「うっうがァ……。俺が広報担当者ぁ」とびっくらコイたのは平成元年の春。「うふっ明日は花見で酒が飲める」と小踊りをしていた矢先の人事異動の内示でした。ちなみに『国語』は通信簿でいつも”3”。おまけにカメラなど扱ったことはなかったのです。

 先輩の広報マンが肩をたたきます。「ウチの広報は県大会でいつも入賞しているもんね。あんたも頑張りんしゃい」や「暗室は楽しいよ。エッチな写真でも人知れずバンバン焼きつけられるバイ」など、激励のことばをくれるのです。これは私にとって最大のプレッシャーでした。(エッチには心が動いた)

 最初のころは、出来上がらない原稿と撮れていない写真、それを取りに来る印刷会社のお兄ちゃん、つぶれる休日、できない彼女(これは広報と関係ないね)と『締め切りの地獄絵図』を何度も見たものでした。

 しかし親ゆずりの楽天家。「仕事は楽しみながらやらなきゃ損」と思うようになりました。若い女性の取材となればホイホイと出かけ、締め切りさえなけりゃ広報は天国とまで思うようになったのです。もちろん「広報は行政と住民のパイプ役」など考えることもなく、お知らせ広報をつくっていました。

 そんなある日『広報がこ』と出会ったのです。その広報には方言特集が組んでありました。義務で仕事をしていた私にとってそれは大きな驚きだったのです。僕もこんなスゴイ広報紙をつくってみたい……。街角の若い女性から「あの人が広報まんだらをつくっているひとよ。カッコイイわね」と言われたい……。

いや、いいじゃないですか。どういう動機だろうと。とにかく、依頼、広報づくりに入れ込むことになったのです。他の市町村から送られてくる広報紙をむさぼるように読み、月刊『広報』で紹介される広報マンの話に感激し、もう気分だけは一流の広報マン。

 しかし哀しいかな、実力はありません。そこでやってみたのが”パクリ”。住民は他の市町村の広報紙を知るわけがありません。苦労せず人マネをするのが一番です。しかしそれを続けていくうち、その広報紙をつくった広報マンがどういう気持ちを込めて編集したのか、わかるようになっていったのです。

 見栄えだけではない、そこには自分の住む街に対する愛着と誇りがあったのです。だからこそ住民が「うん」とうなり、何かあれば動いてくれるのです。広報の仕事は、住民と行政の信頼を結び、住民が街の将来に希望が持てる触媒のようなものだったのです。

 広報担当っていいなァ。若い女の子にモテたらもっといいなァ。広報紙づくりに腰までつかっていた私は、さらにのめり込んでいったのです。同時に、他の広報担当者はどういう気持ちや心がけをもってこの仕事をしているのか興味を持ち始めました。

 広報マンの中には、取材で知り合った女性と結婚した人もいるとかで、どうやって口説き落としたのか知りたいという下心もありました。電話で聞くという方法もありますが、なるだけ多くの担当者を知りたかったので、こちらから情報発信を始めたのです。

 情報と言っても広報交換と一緒にお便りを入れる程度です。しかし『裏広報まんだら』という意味深長なタイトルのお便りは、読むと元気になる過激な内容。次第にファンが増え「広報はいいから、裏だけでも送って」という失礼なヤツも出てきました。

 広報大会やセミナーなどで彼らと話し、酒を酌み交わし、さらに多くの人と出会いました。自治体は違っても広報づくりをする人たちは、共通意識をもつ仲間です。市町村の仕事で、自治体に枠を越えて多くの人と出会える職種は、あまりありません。

 全国の広報馬鹿と出会い、彼らのパワーを吸収し、さらにいい広報紙をつくろうとメラメラと心の中から燃えるものが出てきます。

 さて、いい広報紙とは何でしょう。担当者の広報紙に対する思い入れはまちまちですが、どんなものであれ、住民に愛されるまたは必要とされるものではないかと思います。たくさんのメディアがある中で、広報紙を手に取ってもらうためには、そのまちにあった独自の工夫が必要じゃないかと思います。

 私はその答えを住民に求めました。多くの人たちとの出会いを通じ、たくさんの考えやすばらしい人生と巡り合えます。また、運がよければ「娘を嫁に」という話があるかもしれません。ともあれ、みんなが何を求め、何を知りたがっているのかをつかみ、それにこたえる広報紙にしたいと考えたのです。

 机上でつくる広報ではそれはできません。情報のアンテナを張り、足を運び、汗をかかなければ住民が求めるものはできないと思います。広報紙づくりは人との出会いです。たくさんの住民、そして全国の広報担当者との出会い。これは自分にとっても大きな財産です。5年半もかかってやっとわかりました。

 最近、街中でよく声をかけられます。「今月号はよかったバイ」や「広報が来るのを楽しみにしとるバイ」など。広報紙をつくる過程で必ず、イヤな事や情けない事が出てきます。しかしこんな声が一つでもかかれば、全部“過去の事”として終わってしまいます。

 ただ一つ、不満があります。若い女性から声がかからないのです。下心が見えているのでしょうか。あと何年間、この仕事をさせてもらえるかわかりませんが、若い女性たちに黄色い声をかけてもらえることを夢見て、さらに熱を入れて頑張りたいと思っています。

まんだら市役所 総務部 企画課 広報広聴係  主任 泰平 楽

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